
石川
私が「The GEAR」プロジェクトの構想を耳にしたのは2018年のことです。鹿島のアジア本社としてシンガポールに凄いビルを建てるプロジェクトと聞き、興奮したものです。本社機能とR&Dセンター機能に加え、オープンイノベーションハブとしての機能も持たせるというコンセプトは、その頃から議論されていました。

森田
2013年に開設された技術研究所のシンガポールオフィス「KaTRIS」(Kajima Technical Research Institute Singapore)が地元の大学等との共同研究を積み重ねてきたこともシンガポール政府に評価されたと聞いています。

石川
シンガポールの土地は基本的に国有地です。それを外国の企業に貸し出す上では、当然、シンガポールへの貢献度が重要視されます。その点、「KaTRIS」が取り組んできたことは非常に高く評価されました。シンガポール政府にとっては「The GEAR」がスタートアップを巻き込んだ技術開発の拠点となり、シンガポール国内の建設不動産業を盛り上げることにつながることに期待していたのでしょう。

奥原
私は2019年の設計開始時から本プロジェクトに参加しました。鹿島建設の新しい海外拠点として、従来の常識を超える挑戦的な建物を目指すということで、力が入りました。特に半屋外空間を大胆に取り込み、自然の力を最大限生かすように計画した執務空間は、シンガポールでも前例のないもので、利用者の快適性と建物の省エネルギー化の両立を目指した大きなチャレンジでした。「KaTRIS」の技術的な協力を得て何度もシミュレーションを重ねて実現したこの空間は、事業者と設計者が一丸となって挑戦的な建物を目指した結果として生まれたものです。シンガポール国内外から、多くの見学者が訪れていると聞いています。

森田
平均気温32度の熱帯気候で、エアコン無しでも快適に過ごせる空間を作るなどさまざまな難題を着想し、設計に盛り込んでもらいましたね。

山越
プロジェクトで苦労したのは、日本との習慣の違いですね。例えば日本では建物全体の建築確認が終わってから着工しますが、シンガポールでは部分的に建築許可を取得しながら工事を進めていくのが一般的で、許可が遅れれば工期延長というのが通常です。このプロジェクトは、竣工後の鹿島グループ入居時期が確定していたため、工期厳守で進める必要があったのですが、そういう条件に慣れていない設計者(注:建築許可申請を担当した現地の設計事務所)とのスケジュール感の共有には我々全員が苦労しました。

奥原
スケジュール管理の感覚については、施工段階だけでなく、設計段階においても習慣の違いを感じました。そのほかにも、日本で当然のようにできることができない、という場面に直面する度に、慣れ親しんだノウハウを一度リセットし、頭をリフレッシュさせて検討をやり直す必要がありました。しかし、このプロセスを通じて、普段は生まれないような面白いアイデアも数多く生まれ、改めて設計の基本を見直す良い機会となりました。

石川
その工期について言えば、コロナ禍の影響を受けました。意匠性の高い見え掛かりとなるコンクリート部材は、工場でプレキャストコンクリートをつくって現場で施工することも多いのですが、シンガポールには製造拠点がなく、マレーシアで製造し、運搬することになります。ところがコロナ禍で国境がほぼ封鎖され、予定したとおりに供給されないという事態になってしまったんです。現場所長の山越さんと検討した結果、やむなく工場での製造はやめて、現場打ちコンクリートで対応することになり、工期に影響が出ました。

山越
確かにコロナ禍には苦労しましたね。シンガポールは完全にロックダウンしてしまい、建設工事どころではなくなりました。現場で働く作業員はほとんど近隣諸国からの労働者で、ロックダウン中は狭い宿舎に閉じ込められ、その結果多くの方々は母国に帰ってしまいました。工事現場内でも厳しいソーシャルディスタンスが適用されました。そんな中で石川さんと膝詰めで、スケジュールを徹底的に見直したことを覚えています。

石川
各局面における個別最適だけでなく、最終的にプロジェクト全体として最高のパフォーマンスを発揮する、つまり全体最適を実現するためにどうすべきかを常に考えていました。このプロジェクトに関係する担当者は、現地の協力会社や作業員も含めて、全員が同じ目的地に向かって同じ車に乗り込んだ仲間みたいなものです。ときになかなかスピードが上がらない場面でも、その場その場で適切なギアにチェンジし、車、つまりプロジェクトをゴールに導いていきます。その過程で生まれるチームとしての一体感は、大きな喜びですね。