第11回 水辺に暮らす写真 ― 鈴木久雄文 ― 五十嵐太郎16KAJIMA202502
MVRDVの集合住宅シロダム(オランダ,アムステルダム)17KAJIMA202502
オランダを鉄道で旅行すると,日本とは違い,山がなく,どこまでも平らである。そもそも「ネーデルランド」が「低地」という意味をもつように,国土のおよそ4分の1が海面下にあり,水害のおそれから,水門や堤防を建設し,風車による排水を行い,長い歴史のなかで水位を管理することに力を注いできた。かといって,水と断絶した生活を営んでいるわけではない。例えば,アムステルダムは運河の街であり,「北のヴェネツィア」とも呼ばれる。また親水性を損なうような水辺のデザインはなく,代わりに子どもたちが服を着たままプールで泳ぐ着衣水泳を体験させることで,いざというときに備えているのだ。そして運河にハウスボートという居住用のボートが停泊したり,水に浮かぶフローティングハウスなども存在する。オランダは,水と特別な関係をもつ国である。 近代のオランダはアムステルダム派のように,興味深いデザインの集合住宅を生みだしたが,現代も実験的な集合住宅が登場している。例えば,MVRDVによる,いくつかの住戸のヴォリュームが飛びだす,老人のための100戸の集合住宅オクラホマ(1997年)などだ。今回は2つの水辺の集合住宅に注目したい。ノイトリング・リーダイクのスフィンクス(2003年)と,MVRDVのシロダム(2002年)である。いずれも2000年前後のオランダの建築がブレイクした時期の作品であり,前者のウィリアム・ヤン・ノイトリング,後者のヴィニー・マースとヤコブ・ファン・ライスの2名はロッテルダム生まれの世界的な建築家レム・コールハース率いるOMAに勤務した経験をもつ。世代的には,コールハースの子どもたちである。 ホーイ湖に面して5棟が並ぶ集合住宅は,そのシルエットがスフィンクスの姿を想起させることから,名称がつけられた。なるほど,陸から水面に高くなりながら,大きく張りだすめいた建築であノイトリング・リーダイクの集合住宅スフィンクス(オランダ,ホーイ湖)18KAJIMA202502
デザイン―江川拓未(鹿島出版会)鈴木久雄 すずき・ひさお建築写真家。1957年生まれ。バルセロナ在住。1986年から現在まで,世界的な建築雑誌『ElCroquis(エル・クロッキー)』の専属カメラマンとして活躍。日本では1988年,鹿島出版会の雑誌『SD』「ガウディとその子弟たち」の撮影を行って以来,世界の著名建築家を撮影し続けている。ほかに『a+u』「ラ・ルース・マヒカ―写真家,鈴木久雄」504号,2012年,「スーパーモデル―鈴木久雄が写す建築模型」522号,2014年など。五十嵐太郎 いがらし・たろう建築史家,建築批評家。1967年生まれ。東北大学大学院教授。近現代建築・都市・建築デザイン,アートやサブカルチャーにも造詣が深く,多彩な評論・キュレーション活動,展覧会監修で知られる。これまでヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展2008日本館コミッショナー,あいちトリエンナーレ2013芸術監督などを歴任。著書に『被災地を歩きながら考えたこと』『建築の東京』『現代日本建築家列伝』,編著『レム・コールハースは何を変えたのか』など多数。り,しかも複数で存在することによってインパクトを増している。いずれの棟も14戸が入る5階建てであり,3∼5階の端部は湖に向かって幅が広がりながら,少しオーバーハングする平面だ。湖を眺めながら暮らす,というコンセプトがきわめて明快に造形化された建築だろう。 水上につくられたシロダムは,アイ湾沿いの複合施設である。157戸の集合住宅,オフィス,公共施設を含む,おおむね直方体の建築だ。この内部に様々な大きさとプランをもつ住戸をパズルのように組み合わせる。フロアごとに色彩や窓のパターンを変えることで生じる即物的なスタッキングの感覚は,いかにもMVRDVらしいデザインだが,コンテナを積んだ海辺の風景が着想源だったらしい。全長300m,奥行き20m,高さは10階建てというシロダムのヴォリュームは,大型の客船も連想させるだろう。いや,もはや現代のノアの方舟というべきか。19KAJIMA202502